尼崎簡易裁判所 昭和58年(ろ)151号 判決 1985年12月16日
主文
被告人を罰金三万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
訴訟費用中、証人神谷克彦、同神谷智昭及び同吉田貞利に支給した分は被告人の負担とする。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、
第一 昭和五九年七月二六日午後四時三五分ころ、尼崎市浜二丁目五番三号先空地において、神谷克彦(当時三九歳)から自己が付近の道路に駐車していた貨物自動車を移動させるように言われたことで腹を立て同人と口論のうえ、即時右車内から刃体の長さ約一七・七センチメートルの菜切包丁を取り出し右手に持って腰のあたりに構え、同人に対し、「刺すぞ。」などと申し向け、同人の生命、身体に危害を加えかねない気勢を示して同人に立ち向かい、もって兇器を
示して脅迫し、
第二 業務その他正当な理由による場合でないのに、前記日時、場所において、前記菜切包丁一丁を携帯し
たものである。
(証拠の標目)(省略)
(法令の適用)
被告人の判示第一の所為は暴力行為等処罰に関する法律(大正十五年法律第六十号)第一条、刑法二二二条一項、罰金等臨時措置法三条一項二号に、判示第二の所為は銃砲刀剣類所持等取締法三二条三号、二二条にそれぞれ該当するところ、判示各罪についていずれも所定刑中罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金三万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用のうち証人神谷克彦、同神谷智昭及び同吉田貞利に支給した分は、刑事訴訟法一八一条一項本文によりこれを被告人に負担させることとする。
(弁護人らの主張に対する判断)
弁護人及び被告人は、判示第一の事実については正当防衛であり、判示第二の事実については正当な理由がある。とそれぞれ主張するので、これらの点について判断する。
前掲各証拠によれば、本件は、被告人が得意先の「サカエ薬局」前付近路上に自動車を駐車していたところ、同薬局の隣家に居住する神谷克彦が自動車を運転して帰り、被告人の自動車が通行の妨害になったため被告人に対して自動車を移動させるように申し入れ、被告人は渋渋これに応じたものの右神谷の態度に腹を立てて同人と口論となり、被告人が判示のとおり車内から菜切包丁を取り出して神谷を脅迫し、これに畏怖した同人が棒を持って対峙しているところをかけつけた警察官に取り抑えられたことが認められる。
神谷は、被告人の挑発に応じて向かって行ったが、被告人が包丁を取り出すまでは素手であって、その時点で被告人が緊迫した危険を感じるような状態に陥っていたとは到底考えられず、反って被告人が喧嘩を予想して自己が優位に立たんがために包丁を手にして先制行為に出たものと認められる。
したがって、被告人の判示第一の所為は急迫不正の侵害に対し自己又は他人の権利を防衛するためやむことを得ざるに出でたものとは認められず、また、判示第二の所為についても正当な理由があったとは認められないので弁護人らの右各主張はいずれも採用することができない。
よって、主文のとおり判決する。